(春秋社) ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ / ビクター・チャン 共著 牧内玲子 訳
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- 2008/08/17(日) 15:24:56|
- おすすめ入門編|
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8/9は東中野のポレポレ坐で映画と亡命チベット人の子供の絵を見ました。
その後、夜には六本木で行われた在日チベット人の方主催のキャンドルライティングへ参加してきました。
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- 2008/08/12(火) 22:58:06|
- 雑感|
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東中野のポレポレ坐で開かれている「
受難と祈りー、チベットを知るための夏」へ行ってきました。
ポレポレ坐の椅子を引きずると、ドゥンチェン(チベットホルン)の音がする……ような気がする。
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- 2008/08/12(火) 21:36:55|
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いつ頃だったか。
ある五輪選手が、今回の北京オリンピックをめぐる騒動をうけて「選手の気持ちを考えてくれ」と言っていた。このために練習を続けてきたのだから、ボイコットしないでくれ、と。
間違ってはいない。
私も、政治のために選手の4年やそれ以上の努力が報われないことを願うわけはない。
しかし、何故、その「選手の思い」を、報われて当然のものとして語るのか?
スポーツどころか生存の権利を奪われている人がいるというのに?
競技が終わった瞬間。
喜びのあまりに手を振り、拳を天にあげる選手がいる。
笑顔で、キスを投げる。家族に、恋人に、信じる神に。
それはとても美しい光景だ、と私も思う。
だが同時に、あることが奇跡のような儚い美しさだとも思う。
そして、当然の権利と語ったとたんに、このうえなく傲慢な光景にみえてくるだろう。
オリンピックをとりまく状況が醜いから
せめて選手たちには美しくあってほしい。
私は、選手には自分が手にしているものに対して深い感謝を捧げて欲しい、と願っている。
- 2008/08/07(木) 22:49:44|
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