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「『正史』はいかに書かれてきたか」

(大修館書店)
「正史」はいかに書かれてきたか―中国の歴史書を読み解く (あじあブックス)「正史」はいかに書かれてきたか―中国の歴史書を読み解く (あじあブックス)
(2002/06)
竹内 康浩

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中国の歴史書「史記」「漢書」などを取り上げ、歴史がどのように書かれ、あるいは書かれなかったか。そこに、当時の人々の考え方がどのように反映されているのかを読み解く。

第一章 「春秋」の虚実
第二章 「史記」の成立
第三章 「正史」の形成と展開
第四章 記録する側の論理
終章 北魏・国史事件の意味するもの



 1、2、3章では「春秋」「史記」「漢書」「三国志」を読み比べて、歴史書の形式の確立し、「正史」が形成されていく様を説明する。
 4章では、事実よりも「事はどうあるべきか」を重視した歴史書において、著述側の論理がどのように表現されたか。皇帝の異常出生譚や反逆者の裁定、蛮夷伝について。
 終章では、正史をめぐる歴史観が著述者・読者双方に悲劇をもたらした例として、北魏の国史編纂者が処刑された事件を解説する。


 ただ今、中国の歴史を俯瞰中。
 中国の歴史資料は誇張や解釈ありきの記述が多いと聞いたことがあったので、こういう視点の本も読んでおこうと思った次第。
 確かに、出来事を省略したり、目立たないように書いたり、という実例を読むとびっくりでした。主観たっぷり?
 でも、これが中国の歴史書の特色でもある、とも書かれています。
 つまり、事実をありのままに書くよりも、人のあるべき道を示すことが重要視されている。そして、現代と考え方が違うからといって非難するのはあたらないし、そうやって書かれた書物がのちの時代の人々の思想や行動の前提となっていたこともまた事実である……など。

 興味深かったのは、漢の呂后の悪行がどのように書き残されたか、という話。
 呂后は亡き夫の愛人をなぶり、その子・趙王を毒殺したという――何かもう、同じ人間やってるのが嫌になるような恐ろしい話なんですが。
 「史記」では(おそらく)ありのまま書かれていた出来事が、「漢書」ではちょっと様子が違う。
 趙王の死の事実は述べても、その死因(殺害)は書かれていない、とか。呂后の身の毛もよだつような行動は、メインの本紀ではなく列伝の目立たないところに書かれている、など。

 記述者の真意はどうあれ、「漢書」において「権力者のために隠すことは正当である」という方向性ができてしまった意味は大きい、という著者の言葉は印象的でした。

 そして、最終章に書かれた北魏の話。
 北魏は鮮卑族によって建てられた国で、しかし自ら文化を漢化しようとしていた。そして、漢族の文官が国史の中で鮮卑族の風習を野蛮そのものに書いたことが朝廷内の民族対立に火をつけ、結局、編纂者は処刑されて国史は廃棄された、という話。
 「正統」か「蛮」か。この考え方は、どちら側に立っても息苦しいものだったのかもしれないと思いました。

 さて、この本、中国史を取り上げてはいますが、そもそもは歴史を学ぶことについて専門外の人を対象に語った本。どうりで言葉遣いや明快な展開は門外漢にもわかりやすくて嬉しかった。
 にわか歴史好きには勉強になる言葉もありました。

 歴史は「理解」と「評価」の二段階からなるものである。
 「理解」は、歴史的事実について、その間の事情や因果関係を正しく把握する段階。
 「評価」は、理解された歴史的事実について、その意味を、よって立つ基準を明らかにした上で論じる段階。
 まず、「理解」がなされてのちに「評価」されるべき。
 「評価」が先にあれば、それは予断をもって過去を見ることで、無意味である。
 二つが同時になされるなら、それこそ中国の歴史書が陥った「落とし穴」にほかならない。


 すみませんです。とりあえず私も「嫌い」から入るのはやめるように努力します。
(2009/6/25読了)

<おまけ>

 「権力者のために隠すことは正当~」あたりを読んでいた時に連想した本。
 文脈を無視して見せたいものだけ見せるとか、何かを削り落として語らない、など――「決して嘘ではないけど、本当のことでもない」虚像を作り上げていく様子は、何となくプロパガンダ写真と手法は同じだなあ、と思ったのでした。

(朝日新聞社)
歴史写真のトリック―政治権力と情報操作
アラン・ジョベール 著  村上光彦 訳

 ソ連、ナチスドイツなど全体主義的な国で行われた写真による情報操作についての本。1989年邦訳された古い本なので、ご参考までに。今はもっと新しい解釈や資料もあると思います。

 下に目次を挙げておきます。どういう時代だったか何となくわかるでしょうか。
 写真を切り貼りして、あるはずのない要人のツーショットを演出したり、政治的にヤバい人を写真から抹消したり。「毛沢東伝説」の章には、四人組を抹消したあとを隠そうともしていない写真があって、ものすごく怖かった。

 時代が古いので、その手法はガッシュ(絵の具)で写真を塗るなど素朴なものですが、それゆえに情報操作の意図や手法が鮮明に感じられて興味深いです。こういう文脈を無視した切り取り、つなぎ合わせは、ニュース記事でも時々見かけますねー。
 写真に関していえば。現代ならペイント系のソフトでもっと簡単にできるでしょう。
 だから、映像や写真の扱いはもっと慎重にした方がいいんじゃないかしら、とネットを見ながらはらはらすることがあります。
 写真の出どころとか、映像の編集の有無とか、私は気になります。あんまり神経質になることもないですが。

歴史写真のトリック  目次


レーニンの伝説的生涯
革命の情景
画像の頭領、ムッソリーニ
第三帝国の演出
スターリン崇拝のイコン
毛沢東伝説
<クー>からプラハの<春>まで
アジアの生活と戦闘
バルカン革命
キューバ史のだまし絵
ソ連の伝統
方法が輸出される時
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  1. 2009/08/19(水) 21:25:05|
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