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「チベット 受難と希望 - 『雪の国』の民族主義 -」

 夏には一回読み終えていたのですが。
 奥深くて、とても面白かったので何回も読み返すうちに感想を書くのが遅くなってしまいました。もう、セーターを着る季節。しかも、例によって長い。「感想は簡潔に! さくっと20行程度にする!」と毎回思っているのですが?
 覚書も兼ねている、ということで大目に見てやってください。


チベット受難と希望―「雪の国」の民族主義 (岩波現代文庫)チベット受難と希望―「雪の国」の民族主義 (岩波現代文庫)
(2009/03/17)
ピエール=アントワーヌ ドネ

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原題「Tibet Mort ou Vif」。チベットと中国という二つの文明の衝突の結果はどこへ向かうのか。二つの民族意識はひとつ屋根の下に共存できるのか。中国によるチベット統治の変遷、亡命チベット人の求める「高度の自治」や「独立」の姿を多数の証言とともに語る。巻末に年表、参考文献、人名索引。

死滅の危機 - プロローグ -

Ⅰ「雪の国」に対する東方紅
1 中国の侵略
2 地獄か、楽園か
3 毛沢東主義者の狂乱

Ⅱ「世界の屋根」の上の雲
1 民族主義の再生
2 支配と解体
3 いずれの日にか平和が?

かすかな希望 - エピローグ -




 この本は出版年代がややこしいので、まずひとまとめ。

 1990年に初版(1991年にサイマル出版から邦訳)、その後、原書は1993年に改訂版が出版。
 今回の岩波文庫版はこの改訂版の内容を反映、かつ2000年以降のチベット情勢に関する最新原稿を追加、さらに日本語版のために序文が書かれています。
 今回の復刊では、パンチェン・ラマ11世の拉致、中国のチベット政策に関する米上院、国連人権小委員会などの決議について加筆されています(他にもあるかもしれませんが、旧版を持っていないのでわかりません)

 そして、肝心の中身について。

 まず圧倒されたのが、証言やインタビューの数。
 ざっと数えただけでも70人以上の証言が書かれており、その立場、考え方も多様です。欧米からの旅行者、ジャーナリスト、中国内チベット人、亡命チベット人、亡命政府要人、中国人歴史家、共産党員(チベット人・中国人)、中国民主化支持派、チベット独立派――。これらの証言だけでも読む価値があると思います。

 かつてのチベットはどんな社会だったのか。そして、1950年の中国軍侵攻以降に各地で進められた「改革」、カムパの抵抗とCIAとの接触、ダライ・ラマの亡命、中国を襲った大飢饉、文化大革命とその後の開放路線への転換、繰り返されるチベット人の抵抗、そして1989年の天安門事件――。
 こうした経緯が中国、チベット双方の証言を織り交ぜて語られています。本当にバランスよくまとめられているので、両方の視点で読むことができました。

 中国政府寄りの視点で読んでみると――。
 「大躍進」と謳われていた時期、文化大革命、荒廃の中から再出発、という模索の年月。開放政策で先行きも(ちょっとは)明るく見えたものでしょうが、チベット内でのダライ・ラマの権威が相変わらず高いことに危機感を募らせる。
 ことに、1987年の「五項目の和平提案」以降の出来事を書き出してみると、なるほど、中国政府にとっては起こって欲しくないことが悪いタイミングで起きていたのだとわかります。
 また、こうした流れを追っていくと、中国の民主化要求の高まりもこれまでとは違う視点で見られそうな気がします。ちなみに、最終章には中国人の民主活動家へのインタビューが載っていて、これも読み応えありました。


 そして、「開放政策」にもかかわらず、なぜチベットでは抵抗が繰り返されたのか? 何を求めているのか? この答えもまた、たくさんの証言の中に込められています。

 中国軍侵攻の時、チベットには抵抗する機会があったのに、それを逃して国を失う。「いずれ撤退する」などの約束は反故にされ、暴力的支配の中で抵抗がはじまる(著者は、力による性急な支配がカムパを団結させた、と語っています)。そして、文革期の苦難にも関わらず、チベット人の信仰や抵抗の意思、民族意識が消えることはなかった。
 他方、亡命チベット人社会では民主主義への道が模索されている。例えばダライ・ラマに反対できる社会への転換を、ダライ・ラマ自身が進める、という不思議な事態。これについては、ロディ・ギャリ氏の言葉が面白い。

「ダライ・ラマはわれわれに民主主義が不可欠だという。彼がそう言うからわれわれはそれを受け入れてはいる」

 旧来の習慣と新しい概念との間にある戸惑いがどこへ向かうのか。気になります。


 そして、巻末の加々美光行氏(愛知大学教授。現代政治思想、民族問題の研究者)の解説も興味深かったです。

 観音菩薩は衆生救済のために「肉化」した存在=化身で、これがダライ・ラマである。つまり、観音菩薩の神聖性は「肉化」にあらわされる「政教合一性」にある。中国の政治システムは、この「政教合一性」を受け入れることができない。
 また、ダライ・ラマの提唱する真正自治は、「精神性の自治」のようなもの。物理的な自治(例えば、香港自治のような)であればともかく、「精神自治」とは中国がかつて経験したことのない事柄である。
 ダライ・ラマは「政教合一性」、さらに選挙によるダライ・ラマ選出を語るなど「化身性」を否定しようとしている。そうなると、チベット仏教の核であるダライ・ラマの「超俗性と神聖性」も根拠を失っていく。

 チベットの政教分離はどのような影響をもたらすのか――こんな視点からの説明は初めて読んだので興味深かったです。
 あと、「肉化」とはキリスト教的な言葉だと思っていたので、ちょっと驚きました。(「受肉(incarnatio)」……あれ? incarnateって「reincarnation=生まれ変わり」の仲間の言葉ですね)
 すると、チベット仏教徒にとってのダライ・ラマの大切さは、キリスト教文化圏の人には自然に共感できることなのかも、と想像したりしました。


 読めば読むほどに、チベット近年史の複雑さ、出来事の裏にある動機や背景の奥深さを感じる本でした。まだまだわかりません。

 著者はフランス通信社特派員として北京に滞在したことがあり、中国に非常に親近感を持っておられるようです。
「中国が近い将来にその真価を世界に対して発揮することを信じている。それと同時にチベットも同じように人々から脚光を浴びるに値すると思う」と語っています。

 そして、20年も前に書かれた本ですが、まるで現在のアジアを見通していたかのような警告も。

 現在、「世界の屋根」の上で起きている出来事は、われわれすべてに関係してくる。地理上、軍事上の合流点に位置して、チベットは戦略上の争奪戦の対象となる。チベット人民が満足できる解決法が発見されないかぎりは、アジア全体が紛争地帯にとどまり続けることを懸念せねばならない。

(2009/9/20 読了)
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  1. 2009/11/12(木) 20:37:11|
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