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雑感:仏教美術をのぞいてみる 2

1から続く)
上野の「聖地チベット展」。
雨上がりの土曜日に見にいってきました。






 ひとことで言えば。

 素晴らしかった!

 見せてもらえてよかった。
 精緻としか言いようのない仏像やタンカの存在感には圧倒されました。特に忘れられないのは、「ダマルパ坐像」と「蓮曼荼羅」。
 仏教はよくわからないけれど、力強くて緊張感があって、ただ見るだけでも清清しい気持ちでした。
(だから、そうやって見るなって講座を聞いたばかりなんですけど・笑)

 展示全体については、解説が物足りなかったです。
 日本ではあまりポピュラーでない仏様は何をしているんだろう、とか。動物の皮のいわれなど知りたかった。また、法具の説明がないのが残念。「彩色がきれいである」なんてことは解説ではないと思う。
 この間、聞いたばかりの曼荼羅の色分けを確認してみたりもしました。でも、講座で聞いていたような、象徴体系がうかがわれるような説明はありませんでした。
 展示品の重要さの違いがわからないことも気になります。仏様も修行僧も法具も、携帯仏壇の抜き型まで同列扱いというのはちょっとどうなんだ、と思われました。
(音声ガイド機を借りればよかったのかも。しかし、あれは周囲に注意が向かず迷惑をかけがちなので使いたくないのです)

 そういえば、いくつかの像の腕に文字が書かれた札のようなものがついていたのですが。あれは何だったのだろう?

 展示品を見てすぐに思い出されたのは、インドやネパールの寺院美術や舞踊。解説パネルには「中国のチベット」とか何とか書いてはありますが。

……っていうか。展示をみれば、そうじゃないことがすぐわかるんですが。

 動きや目の表現が中国の美術とは違うように思いました。
 
 しかし、せっかく予習までして行ったわりには、いつも美術展をみるのと同じ目になってしまいました。反省です。



 会場の最後のコーナーでは、ラサのビデオ映像が流れていました。
 五体投地をくりかえす人々や手を合わせて祈る少女を見ながら、仏像やタンカは本当は彼らのものだよなあ、とひしひしと感じました。早くもとのお寺へ返してあげて欲しい。

 見られてよかった、という感想と矛盾するようではありますが。
 仏像はお寺におさまって、捧げられたカタをまとっているのが一番良いと思う。本当に、早く返してあげて欲しい。

 この「聖地チベット展」、もろもろの大人の事情があるらしい。
 展示品が素晴らしいことに救われてはいますが、でも「やっぱり変な展覧会だよ」と思いました。


 余談

 見終わった後、外に出ると美術館の前では抗議のパネルが並べられていました。
 ダライ・ラマ法王、拉致されたパンチェン・ラマ11世の写真、チベット人の死刑執行停止を求めるパネル。
 美術館の中で語られている「チベット」と、抗議パネルの語る「チベット」は重なるところもあれば、ずれたところもある。
 日本人とチベット人では、そのずれ方も違って見えるのでしょう。チベット本土を歩いた人とそうでない人でも、感じるものは違うのでしょう。


 何にせよ、仏像をこわしたり、僧侶を不当逮捕する政府が、どうしてこういう展覧会を行っているのか。おかしいものはおかしい。
 パネルを見て、「何か変な展覧会だった」というもやもやした思いが晴れました。落ち着かない気分の原因はここにある、と示されて、ようやく展覧会を見終わった気がしました。

 これから「聖地チベット展」を見に行かれる方には、素晴しい展示品とともに抗議の声にも耳を傾けて頂けたら、と願っています。抗議の方は、おそらく毎週末おられるのではないかと思います。
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  1. 2009/11/25(水) 22:06:08|
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