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チベットの歴史と文化学習会(第7回)

参加してきました。

この学習会は、仕事の都合などで一度も参加したことがなかったのですが。
今回は「チベット美術の流派」。何があっても行かなきゃ、と。

小野田先生の講座を聞くのは初めて。レジュメ骨タイプ(笑)で、とても面白かった。
いただいたレジュメはチベットの美術様式の誕生からはじまり、現在の絵師の活動までの10項目。
残念ながら、時間切れで最後までは行きつけませんでした。

続きもぜひぜひ聞かせて頂きたいです。


特別講義「チベット美術の流派」
講師:小野田俊蔵(佛教大学文学部教授)

・美術様式
ネパール様式、カシミール様式など周辺地域の美術様式の説明
モンゴル帝国時代には、大都(現在の北京)に招かれた美術師アニコによって中国美術の技法や色材が持ち帰られる。

・純粋なチベット様式の確立
ツァン地方の絵師チェウによる
ネパール様式にみられた紋様表現とは異なる、より自然な植物が描かれるようになる。

・メンリ派(15世紀) 
メンラトゥントゥプによる

「優しい仏」を描くことを得意とした。
自然物を大胆に取り入れ、そのために青や緑の鮮やかな中国の色材が使われる。
描かれる仏のプロポーションに規定を定める(大きさや比率、身体の角度など)
これにより、複数の絵師が関わったり、複数の絵を同時進行で制作することが可能になった。

・キェンリ派
「恐い仏」を描くことを得意とした。
ひとつの寺院において、題材によってメンリ派・キェンリ派にわけて制作依頼することもあった。

・カルマガルディ派
各地でテント伝道を行っていたカルマ派に随行した絵師たちによる画派。



スライドで仏画を例に上げながらの解説。
その間に、会場中をタッパーに保管された岩やら石やら粉(絵の具の材料)が回覧されました。
聞き損ねてしまったのだけど、紅色を出すために使われる原料は何だったのだろう? あれも石?
どうも、かりんとうに見えて仕方なかったんですが。

メンリ派誕生の背景に、仏画が大量発注されたことがある、という話が興味深かったです。
文化的な意味も大きいし、たくさんの絵師が働いていれば食べ物も必要だし、お寺ができれば参拝者も増えたのかも。
門前町ではないですが、周辺もにぎやかになったのでしょうね。

ふと、同じ頃のヨーロッパでも、工房の徒弟制度の中で宗教画が描かれていたことを思って、不思議な気がしました。
もっとも、あちらでは徒弟制度から突出した個人芸術家(ダ・ヴィンチとか)が生み出されていくので、それぞれ美術史の中での意味はまったく違うとは思いますが。

そして、指のサイズを基本単位にして描かれる仏の大きさが決められた、という話。
これは、数学の基礎が必要ですね。
リーダーのような人が計算して、下職さん(?)に指示していたのか。それとも、それくらいは一般知識だったのでしょうか。
当時、絵師は僧侶または薬師が兼任していたそうなので、数学も必須科目だったのでしょうか。
いろいろ想像がふくらみました。

後半はパネルディスカッション。前回の続きだそうで、前回の資料を配っていただいたのが大変助かりました。



パネルディスカッション「チベット問題を問う 2」
福島香織 / テンジン・タシ / 渡辺一枝 / 長田幸康

文革について
福島香織さんから「殺劫」(ツェリン・オーセル著)の紹介。
文化大革命とチベットについては、他のパネリストの方もお話されていました。
あるお寺では、紅衛兵から仏像を守ろうと、部屋の入り口を漆喰で塗り籠めた、とか。
仏像を守るために尽力してくれた一般人の写真が、カタをかけて大事に飾られているところもあるそうです。

文革は、何もかもを新しく変える、という考えで行われたもの。
「紙を布に変えるように」すべてを変えようとした、という鮮烈な喩えにはっとさせられました。


上野の「聖地チベット」展についての感想
展示については、政治的な色合いは思ったよりも薄く、ニュートラル。
しかし、仏像がどのような苦難を越えてきたか、という背景がわからないので、感動も薄くなってしまっている。

また、渡辺一枝さんが今夏にミンドゥリン寺を訪問。
上野の展覧会のために仏像を運び出して空になった壁面(?)を見られたそうです。
このあたり、お話の趣旨がうまく掴めなかったのですが。ミンドゥリン寺の方が仏像をどれほど大切にしていて、彼ら自身が納得いくやり方で仏像を貸し出しできないことが残念、という話だったでしょうか?(覚えておられる方がいらしたら、フォローいただけたらありがたいです。。。)

チベット人にとって、仏像は「見るもの」ではなくて「見守ってくれるもの」という説明も。
それを思うと展覧会についてもあらためて考えさせられました。


チベット問題について
チベット問題を、民族問題としてだけではなく、人権問題としてとらえる。
その方が、日本人からも中国人からも理解を得られるのではないか。
中国人も一緒にできる活動でないとやっていけない。

……といった意見が交わされていました。
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  1. 2009/12/26(土) 18:29:07|
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