チベット 本の苑

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「殺劫 -チベットの文化大革命-」

   (集広舎)
殺 劫(シャ-チェ) チベットの文化大革命殺 劫(シャ-チェ) チベットの文化大革命
(2009/10/26)
ツェリン・オーセル著 ツェリン・ドルジェ写真

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原題「杀劫」。1966年、中国に、古い封建的文化を壊して新しい社会を建てようとするプロレタリア文化大革命がはじまり、その波はチベットにまで押し寄せた。「四旧打破」を掲げた紅衛兵や翻身農奴たちはチベット各地で寺院を打ち壊し、旧貴族や役人が粛清の対象となった。やがて、派閥間の抗争が武力闘争に発展、チベットは混乱の嵐にのまれていった。中国近代史で二大タブーといわれる「文革」と「チベット」。その二重の闇に光をあてる証言・写真集。巻末に解説「チベットの文化大革命―現在を照射する歴史の闇」を収録。



 表紙の写真は、批判集会で吊るし上げされる者にかぶせられた紙の帽子で、当人の出自や「罪状」がチベット文字で記されたもの。
 このように文革中のチベットを記録した200点を越える写真は、当時、人民解放軍の士官だったツェリン・ドルジェ氏の撮影。その娘であり、文筆家のツェリン・オーセルが写真の人々を探し尋ねて、証言をまとめています。
 文革についての史料は多いものの、チベットの文革についてのものは皆無といっていいらしい。この本はその空白部分を明かす重要な史料であり、中国国内では刊行できず台湾で出版されています。詳しい背景は出版社の紹介文をご覧ください。

http://store.shukousha.com/?pid=16586417
http://www.shukousha.com/item_192.html

 写真を軸に本文が書かれているので、ツェリン・ドルジェがラサを離れていた(つまり、写真がない)時期や、党政府内の事情、中ソの対立などの背景には触れられていません。
 でも、文革とは思想も理念もない(もともとはあったのかもしれないが)粛清の嵐だったということをまざまざと見せつけられる写真と証言でした。

「造総」と「大連指」の派閥抗争。そのなりゆきによって吊るし上げする者、される者が入れ替わる混乱ぶり。
 もともと両者の主張に大きな違いはなく、対立は主張のための主張、あるいは権力争いに終始していたこと。やがて人民解放軍の武器庫を乗っ取って武力闘争にエスカレートしたこと、などなど。

 当時のチベットの状況がこれほど複雑だったとは知りませんでした。もつれ、絡み合う糸の醜怪な塊を見るような気がしました。
 そして、革命委員会の成立によって闘争は一応終結したものの、文革中に地位を得た者が地方政府に残ったことが、今もチベット問題を複雑にしているのではないか、という著者の考察には唸らされました。


 もうひとつ注目したのは、破壊活動や吊るし上げに多数のチベット人も加わっていた、ということ。
「好むと好まざるにかかわらず、参加せざるを得なかった」と多くの人が証言する一方で、自らの意思で文革に参加した人もいた、と記されています。誰が加害者、誰が被害者という単純な塗り分けで描ける様相ではなかったらしい。

 1950年以降、毛沢東思想はチベットにどのように突きつけられたのか。
 この本には多くは書かれていませんが、チベットでは1950年~文革が始まるまでに、かつてあった寺院の97%が破壊され、虐殺と拷問が行われたと言われています。いずれも「旧悪を抹消して、新社会を建設する」としておこなわれたこと。
それが、人々の心のうちに何をもたらし、それが文革期にどのように表面に現れたのか――。それを、著者は「神の置き換え」と表現しています

1950年以降、とりわけ1959年以降の事実は、外来の新しい神が古い神を徹底的に打ち負かしたことを証明した。チベット人は呆然として眼前で起きた一切を眺め……(以下略)

チベットの農民にとっては、彼らと毛沢東は同じであり、いずれもよそからやってきた神様なのであった(毛沢東とレーニンの肖像画を掲げる農民の写真より)

 しかし、共産党が作りあげようとした「新しいチベット」は1960年代末に起きた一連の「反乱」事件で崩壊したと語られています。

 文革が終わる。毛沢東が死去し、新しい権力者があらわれ、また去る。そして、1979年にダライ・ラマの使者がチベットを訪問する。
 こうして、チベットに新しい輪廻の輪がめぐる。
 何が灰に帰されたのか? それはふたたび戻るのか? 輪廻は新しいものをもたらすのか?

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 鮮明な写真も衝撃だけれど、そこに写る人々の顔に表れない心情を想像して胸が塞がれました。

 そもそもチベット語に「革命」という言葉、概念がなかったため、「サルジェ(新しい+とりかえる)」という造語がされた。
 チベット語に訳された政治スローガンや、「万歳」という中国語の追唱すらチベット人にはまともに発音できなかった。
 それにも関わらず、非難を怖れて、あるいは貧しさゆえに利益を求めて吊るし上げに加わり、チベット人がチベット人を罵倒した――。

 こんな本文を読むと、チベットにもたらされた変化の大きさがおぼろげながら想像できるような気がします。
 そして、私は文革が十年で終わったことを知っているけれど、彼らはこれが一生続くと考えたのかもしれない。それなら、慣れ親しんだものを捨てても、生きる方法を探す人が現れるのも当たり前なのでしょう。

 もちろん、彼らの胸のうちをほんとうに推し量ることができるのは、同じチベット人だけでしょう。糾弾も弁護も、同胞にしかできないことだと思います。
 しかし、その自由が今の中国にはない。ある出来事を知り、分析し、考察を述べるのは、当事者の権利だろうに。このような本が30年以上経ってやっと世に出た、ということが何よりも当地の現状を語っているのかもしれない。

「私は統治者の言語で著述するという特殊な世代の一人となった。しかし、これにより、私は統治者の言語で、統治者に対して、自分たちの歴史を証言することができ、「記憶」をもって「忘却」に抵抗する決意を伝えることもできるのである」(日本語版序文)

 著者のこの決意は、当事者である中国人、チベット人にどのくらい伝わるのだろうか。原書(中国語版)もチベット語版も、中国で入手するのは簡単ではないだろうから。
 そうしてみると、これらの鮮明な写真、証言の数々を日本人という第三者である自分が読んでいるのは、とても不思議なことに思えます。
 著者は日本語版に寄せた序文でこう語っています。

著述とは祈ることであり、巡り歩くことであり、証人になることである。

 その祈りが宙に霧散することのないように、この本ができるだけ多くの人に読まれることを願っています。
(2010/1/10 読了)


目次
第一章 
「古いチベット」を破壊せよ ―文化大革命の衝撃―  
  やがて革命が押し寄せてくる  
  ジョカン寺の破壊  
  「牛鬼蛇神」のつるし上げ  
  改名の嵐 

第二章 造反者の内戦 ―「仲の良し悪しは派閥で決まる」―   
  二大造反派

第三章 「雪の国」の龍 ―解放軍とチベット―  
  軍事管制  
  国民皆兵

第四章 毛沢東の新チベット ―「革命」すなわち「殺劫」―  
  革命委員会  
  人民公社  
  新たな神の創出

第五章 エピローグ ―二十年の輪廻―   
  神界の輪廻





 文革以前のチベットについては、「雪の国からの亡命」を参照しながら上の感想を書かせてもらいました。
 この本もいずれ感想をまとめようと思っているのですが、今回はあまりに辛くて全部は読み返せませんでした。
初読した時の簡単なメモとともにご紹介だけしておきます。
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雪の国からの亡命―チベットとダライ・ラマ半世紀の証言

地湧社 J・アベドン著 三浦順子/小林秀英/梅野泉 共訳
原題「In Exile from the Land of Snows」。亡命者、医師、神官など、様々な立場の5人のチベット人の体験を通して、チベットの文化と占領前後の人々の暮らしの記録。400人以上へのインタビューをもとに書かれている。


チベット医学や儀式体系について書かれた章は、それぞれが1冊の本にもなるような細かな内容。虐殺と拷問の記録、亡命した子供の成長と亡命政府の活動、僧侶たちの修行内容、と連ねられた事実に圧倒されました。
事実をただ並べるだけに終わらなかったところも、この本の価値のひとつでは? 5人の人物の体験が互いに少しずつ重なり、最後にチベット人の長であるダライ・ラマ14世に集約するようにまとめた構成は読み物としても優れていると思う。また、法王のインド訪問の行程を細かく記録した「巡礼」の章の文章は物語のように美しい。(2004/8初読)

目次
1 崩壊前夜 1933~1950
 2 占領 1950~1959
 3 亡命 1959~1960
 4 再建 1960~1974
 5 闘い 1959~1984
 6 チベット医学
 7 巡礼
 8 守護の輪
 9 とらわれたチベット 1959~1965
 10 長い夜 1966~1977
 11 チベットに還る 1977~1984

 写真
 チベット関係史年表
 地図1 歴史的チベット
 地図2 今日のチベットとインド・中国

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  1. 2010/04/01(木) 22:16:15|
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