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ケグドからの手紙

Woeserさんのブログを英訳されているHigh Peaks Pure Earth に、被災地ケグドからの手紙の英訳が上がってました。

Earthquake in Tibet, Letter from a Tibetan monk in the Earthquake Area
(チベットの地震、被災地のチベット人僧侶からの手紙)

そのうち、英語に堪能な方が訳して下さるかな、と思ってましたが、どこにも上がってなかったので、試訳してみました。
私の訳はおおざっぱなので、原文もご覧ください(よくわからないところには原文も記載しておきます)


手紙は2010/4/21付、原文はチベット語で書かれています。

救助の様子などは、すでにチベットNOW@ルンタ他で読んでいましたが、個人の手紙として読むとまた違う印象を持ちました。


letterfrommonk

悲劇をパフォーマンスに利用しないで 
Don’t Use the Tragic Incident as A Stage for Your Performance



 4月14日の7:40に起きたケグドの地震はとても大きいものでした。
 最初に私が聞いたのは、地震によって我々の僧院が大きな被害を受け、二人の僧侶が亡くなったということでした。
まもなく新しい知らせが次々と入ってくると、死者の数は急速に増えていきました。

 生き埋めになった人の救助のために、200人以上の僧侶がケグドへ向けて出発しました。
ですが、交通事情のために、我々がケグドに到着したのは夜8時頃(注:北京時間と思われるので、実際は6時頃)でした。
 到着してすぐに、これがまさに壊滅的な地震であったことがわかりました。電柱が地面に倒れ、家々もすべて倒壊していました。
 救助活動をどこから始めるべきか、確認しようとして地元の救助本部(local rescue office )へ行ってみると、その日はもう閉まっているので、明日また来るように、と言われました。

 事態は急を要するとわかっていましたから、我々は人々が生き埋めになっていそうなあらゆる場所へ急ぎました。
 我々は一部が壊れ、おそらく20人ほどの学生が瓦礫の下に埋もれていた学校へ向かいました。数人の中国人兵士が学生を救い出そうと、瓦礫の山を掘り起こしていました。
 建物のうしろには学生の下半身が見え、そこにいた人は「日暮れ前には、ひょっとしたら子供たちは……」と言っていました。瓦礫の下からは学生の泣き声が聞こえてきました。
(We were at the back of the school building from where we could see the lower part of a student’s body and a man there was saying “before sunset, the children might ... ,”a cry of a student came up from below the rubble. )

 我々がロープを使って壊れた梁や石レンガを取り除こうとしていると、一人の兵士が現れて尋ねました。
「何をしているんだ?」
 我々は「この瓦礫の下に学生が埋まっているんだ」と答えました。
 すると、彼はちらりと見て、言いました。
「は、は、この学生はもう死んでいる。頭がつぶれているんだ。こんな瓦礫の上にいると危ない」

 ある僧侶は学生を助けるために、その中国人に言いました。
「穴へ入って行って、この学生を助けられるのならば、後悔はしない」
 しかし、断られてしまったので、我々は中国人兵士たちとともに瓦礫を掘り、取り除くことしかできませんでした。

 おそらく憐れみの心や仲間への愛情ゆえなのでしょうが、僧侶たちは皆、救助活動に力を注ぎました。
 我々が懸命に働いて瓦礫の底まで掘り尽くそうとしていたとき、兵士たちは驚いたことに何もせず、ただじっと見ていただけでした。
 しばらくしてマスメディアが到着すると、またも驚いたことが起こりました。leader of the region (地方長?)という人が僧侶の肩をつかみ、乱暴にこう言ったのです。
「ここから出て行け。出て行け」
 若い僧侶が反抗しようとすると、年配の僧侶がこれをとめて言いました。
「そのようなことをしてはいけない。今、もっとも大切な仕事は人々の命を助けることだ」

 我々がその場を離れた時、兵士たちは皆、瓦礫を掘る道具やロープを手にしており、マスメディアが撮影している間中、生き埋めになった人たちを救助するふりをしていました。

 このとき、私の胸には突然疑問がわき上がりました。
 人を助けること、そして兵士を撮影すること――いったい、どちらが優先されるべきなのでしょうか?

 撮影者たちと協力したあと、兵士はみな立ち去ってしまいました。彼らは町の別の場所で救助活動にあたるために移動したのだと言われています。
 しかし、本当は上流のダムが地震でダメージを受けて、まもなく洪水が起こる可能性があると聞かされたので、彼らは山へ逃げ出したのです。

 Nangchen郡から来た人たちのうち、父親を亡くしたある人はこう言っていました。
「地震は自然の災害でいたしかたないことだが、人命を助けられなかった失敗は、そんな噂によって引き起こされたのだ」
(“an earthquake is a kind of natural disaster, it can't be helped but the failure to save the lives of the people is caused by such rumour.”)

 2日目の朝7時に、我々は救助本部(local rescue office)へ行き、瓦礫を取り除く作業を続けました。
 Nangchen郡出身の主婦は遺体で見つかり、彼女の2歳の息子が崩れた家の二階に閉じ込められていました。その子がまだ生きていることを願って、我々は兵士たちとともに瓦礫を掘りつづけました。
 しかし、小さな地震が起きると兵士たちはまた逃げ出して行ってしまいました。
 このような中国人兵士のふるまいを見ると、四川大地震の時の英雄はどこへ行ってしまったのだろう、何故ケグドには現れてくれないのだろう、と不思議に思いました。

 兵士たちが食事に行こうとすると、少年が目に涙を溜めて、「早く戻ってきて、皆を助けて欲しい」と頼んでいました。
 このような光景をこの目で見るのはとても悲しく、途方もなく苦しい思いでした。
 軍の救助隊員は少しでも腹が空くと、そのたびにキャンプへ戻って行ってしまいました。

 このようなことをしばらく考えると、テレビ番組は私の心を混乱させ、そこに映っている人たちは演技をしているのだと気がつきました。
 実際のところ、救助活動は簡単な仕事ではありません。
 たとえば、二階建ての一部が崩れたら、他の部分もいつでも崩れる可能性があります。その場で救助にあたっている人は非常な危険をおかしているのです。
 ですから、危険の中にあって他人を助けているのは、仲間を愛し、他者のために自分を犠牲にすることもいとわない人たちなのです。
 しかし、このような人は数少なく、ほとんどはテレビ画面の中で演技しているにすぎません。

 その日の午後、数人の中国人救助隊員が到着しました。
 しかし、彼らは一時間ほど居ただけで、「ここには誰もいない。いたとしてもできることはない」と言って、他のところへ行こうとしました。
 我々は彼らに、行くべきではない、倒れた家の下にはまだきっと生きている人がいる、と言いました。
 しかし、残念なことに彼らは耳を傾けず、じきにその場を立ち去ってしまいました。

 どのテレビ番組でも、「異なる地域の人々が団結してともに働き、互いに助け合う感動的な姿がいたるところで見られた」と報じています。
 しかし、実際はそれよりも大きな失望と怒りが中国人とチベット人の間にはあったのです。

 我々が町の北部へ救助に向かう途中、国から派遣された救助隊員は誰一人見ませんでした。
 北部へ着いて、我々が目にしたのは、救助スローガンが書かれた旗を持ったたくさんの人々、そして彼らの写真や映像を撮影しているカメラマンの一団でした。

 不当で、悲しく、がっかりさせられることに、彼らは僧侶や一般のチベット人によってなされたことを中国人救助隊員の功績に数えていました。
 実際には、町中が重武装した警察によって監視されていました。
 もしも、政府が監視のための部隊ではなく、もっとたくさんの救助隊を送ってくれたら、どれだけ役に立っただろう、と私は思いました。
 さらに政府の方針を考えてみた時、兵士たちが持つ銃はいったい何に向けられているのだろうと疑問に思いました。
 そして、その銃の本当の標的が、愛するものを失ったばかりのケグドの人々なのだと気づいたとたん、涙があふれてしまいました。

 私は中国の温家宝首相がケグドを訪問したと聞きました。
 彼は「あなた方の損失は我々の損失だ。あなた方の苦しみは我々の苦しみだ」と言い、たくさんの人が心動かされたと伝えられています。
 しかし、彼の訪問の結果は明らかです。あらゆる町角が封鎖され、救助隊員は国営テレビの俳優となってしまいました。

 地震後5日目、胡錦濤国家主席が被災地を訪れ、救助隊員にこのように挨拶しました。
「あなた方はたいへん疲れているに違いない。あなた方の尽力に心からの感謝を表したい」
 彼は現地で休むことなく働いている1万5000人の僧侶や尼僧については、ただのひとことも触れませんでした。
 それどころか、僧侶や尼僧への侮辱や暴力が多発し、彼らは「拘束するぞ」と脅されさえしたのです。

 ここで私が自信を持って言えるのは、我々は兵士たちよりも良く、効率的に働いたということ。そして、何一つ違法なことはしていない、ということです。

 我々は、誰かに感謝して欲しいと思ってはいません。そんなことを期待していませんが(It is beyond our expectations )、しかし我々の救助活動が当局によって犯罪行為とみなされた、と聞いてとても悲しく思いました。

 胡錦濤国家主席の訪問中、町に向かう道路と、町中の道路は11時間以上に渡って封鎖されました。この招かれざる訪問が引き起こした結果は、人命救助という点において計り知れないものです。
 私が知っていることでは、彼の訪問と同じ日にTrango 僧院へ救助へ向かう僧侶の一団がいました。しかし、彼らは途中で行くのを阻まれ、運転手は警察官から警告を受けたのです。

 つくりものの政治的な見世物、役人の分別のない行為。
 これこそが、瓦礫の下で助けを求めている人々の救助、飢えて死にかけている人々への配給を遅らせたのです。
 しかし、中国人が演技と宣伝に長けているので、中国政府は国際社会の目を奪い取ってしまったようです(drawn the eyeballs)。


 最後に言いたいことがあります。

 この悲しい出来事は政治的な見世物に利用されてはならない。そして、人命救助は政府の最優先事項であるべきです。
 どうか、生き延びた人々に必要のない苦しみを与えないでください。

 何千という人命の上につくられた舞台で政治的なドラマを演じる――それもまた悲惨な情景であり、冷酷な行為なのです。


  亡くなられた人々を思いつつ
  2010年4月21日


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  1. 2010/05/12(水) 22:33:20|
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