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「ダライ・ラマ、イエスを語る」

降り積もる雪のような日々の仕事とか荷物の発送で、気がついたら12月が去りつつありました。
早いなー、まだまだ11月のつもりだったのに?

ともあれ
Merry Christmas!

ちょうどクリスマスイヴにぴったりの本でした(^^)


ダライ・ラマ、イエスを語る (角川21世紀叢書)ダライ・ラマ、イエスを語る (角川21世紀叢書)
(1998/05)
ダライラマ、Dalai Lama 他

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原題「The Good Heart」。1994年にダライ・ラマ法王をカトリック教会へ招いて行われたジョン・メイン・セミナーの記録。――ここに書かれたキリスト教の福音書についてのダライ・ラマの注釈は、21世紀に諸宗教が対話を続けていく上での助けとなるものであり、この本は「対話のモデル」になろうとしている。



 もう何年も前から読んでいるのですが、難しくて感想がまとめにくく、そのままにしてありました。でも、いつまでも抱え込んでいてもしょうがないので、覚書として紹介。

 巻頭には、セミナー開催の経緯やこの試みの目指すところがローレンス・フリーマン神父によってまとめられています。巻末には、仏教徒とクリスチャンそれぞれ向けに用語集があり。

 セミナーの記録部分(1~9章)は一冊の半分くらいしかありませんが、書かれている内容はとても濃いもの。
 聖書の有名な説話をとりあげて、法王が仏教徒としての見方を示されたり、ブッダの言葉と比較したり。ディスカッションでは法王がキリスト教の考え方を確認されたり、キリスト教徒の参加者が生まれ変わりの概念を尋ねたり――とても読みこなせてはいませんが、ほんとうに深い話でした。

 一番興味をひかれたのは、キリスト教と仏教の相似点、相違点について語られたところ。
 5章では、信仰を「からし種」の成長に譬えた聖書の説話が取り上げられています。種から芽が出て、茎、実をつけるように、信仰も段階を経て育つ。播き時や場所によっては芽を出さなかったり、出ても根を張らずに枯れてしまう、という話です。

 私はこの説話には
「土も改良して、水もこまめにやらないと苦労が水の泡なんだね。難しい、大変!」と感じていたのですが。ここについての法王のコメントはこうでした。

 私のような仏教徒には、生きとし生けるものには多様性があり、受容の度合いはそのものによって異なる、という仏教の教えと似ているように思えます。
 たとえば仏教では、ブッダの慈悲には偏りはなく全ての生き物を包み込んでいると信じていますが、これは太陽が善人にも悪人にも照るという「マタイによる福音書」の喩えと似ています。しかし、そうでありながら、人間の側の受容度が違うのだから、霊的な成長は人によって異なるのです。


 ああ、こういう受け止め方ができるんだ、と目からウロコでした。

 話はここから
「人の多様性に応じられる宗教の多様性が大事、どの宗教も温かい心を持つ人をつくるという目的は同じ&人の心の傾向は多様であると認識することが宗教間の対話の基礎」
 といった感じで進み、
「宗教によって異なる点も認識しておくべき。倫理的・霊的な修行の分野では、仏教とキリスト教の対話は互いを豊かにできると思うが、哲学・形而上学については袂を分かたなければならないだろう。創造主の概念を仏教徒が受け入れられないように、キリスト教徒も縁起の概念は受け入れられないだろう」

 ……と。なるほど、確かに。

 主催者のローレンス神父が巻頭で語るように「キリスト教徒にとってもっとも貴い福音書をダライ・ラマに預ける」という賭けに対して、法王が敬意をもってこれを扱われたことがどの箇所からも伝わってきました。
 この信頼と敬意そのものも対話のモデルなのかもしれない。


 私は子供の頃にプロテスタント教会に通ったせいか、今でも仏教よりキリスト教の方がしっくりくるので、とても印象深い本でした。聖書から引用されているどの説話も、私にとっては砂場遊びと同じように親しいものでしたが、それを彫像に譬えるなら、これまでとは異なる角度から照らされて、異なる表情を見せているように感じました。

 もちろん「羊の体にヤクの頭をつける」つもりはありません(笑)。
 でも、この本はこれからも何度も大事に読み返すことになるだろうと思います。巻末の解説で、訳者の中沢新一さんがこの本の面白さをわかりやすく語られているので、そのまま抜書きします。


ダライ・ラマの名を冠した数多くの本の中でも、この本はずばぬけて面白い、と私は思った。
他の本のダライ・ラマは、安定感を持って、安定した確かな内容を、親しみやすい口調で語りだすところにいわば持ち味があった。

ところが、この本のダライ・ラマは足場の不確かな前方の闇の中に大胆に身を投げ出すようにして、考えながら語り、語りながら考え、自問し、応答し、即興のひらめきにすべてを賭けて、ひとつの挑戦に積極的に応えようとしているのである。そのために、私たちは何度もハラハラしながら次の答えを息を飲んで待つ、といった体験をすることになる。

この本のダライ・ラマは、ほんとうに新鮮なのだ。


こんなにも霊性の伝統がずたずたにされてしまった日本で、もういちど奔流に押し流されない人間の精神の威厳を立ち上がらせるために、まだ破壊されつくしてはいない生きた魂をもった人間たちによって創造的な対話がはじめられることを心から願いながら、私はこの本を市場社会に送り出す。

(2012/11/23読了)



目次

はじめに
第1章 調和への願い
第2章 あなたの敵を愛しなさい
第3章 山上の垂訓―八福
第4章 平等心 
第5章 神の国 
第6章 変容 
第7章 伝道 
第8章 信仰
第9章 復活
キリスト教を理解するために
キリスト教用語集
仏教を理解するために
仏教用語集
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  1. 2011/12/24(土) 09:32:42|
  2. 仏教&宗教 全般|
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