チベット 本の苑

チベット関連の本の紹介

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

「チベット イン ソング」

チベット イン ソング
http://tibetinsong.info/?p=1
tibetinsong.jpg
チベットの伝統音楽の豊かさと民族の誇りを縦糸に、50年に及ぶ中国支配のもとで行われたチベット文化弾圧を描き出したドキュメンタリー。監督:ンガワン・チュンペー

これまでもチベットのドキュメンタリーはいくつか見てきました。主人公は僧侶、少年や恋人たち――。
その中で、いちばん小さくて、無防備なもの――「歌」を追った映画でした。



かつて、チベットでは生活と歌がひとつのものだった。
乳しぼりの歌、屋根づくりの歌、宴会の歌……。大人も子供も知っていて、互いに手をつなぎ、ステップを踏んで歌い踊る。

ゆるやかなメロディは本当に心地よかったです。

こんな映像が淡々と流れて映画が始まりますが、それが古い爆撃機の映像を境に一変します。
それまでの、のんびり穏やかな旋律と声調は、絶え間ない、甲高い中国語の歌に取って代わられました。

伝統的な歌の歌詞を共産主義礼賛の内容に変え、美しい女性歌手に歌わせるようになります。
やがて始まった文化大革命の間、歌手たちは生きるために共産党礼賛の歌を歌うか、それを拒んで群衆の前で辱められるか、どちらかしかなかった。

「人を従わせるには、千の兵より二十人の歌手の方が役に立つ」
そう言った毛沢東は、チベットをよく観察していたのでしょうね。
革命歌(?)を内容もよくわからないまま歌わされる人々は皆とまどいの表情を浮かべていました。
当時、子供だった老人は今でも歌を覚えているそうです。日本でも、ある世代の人が軍歌を覚えているのと同じですね。

そして文革が終わると、チベットの歌を取り巻く事態はさらに複雑に、根深い問題を孕んでいくようになります。

幼い子供に「何か歌って」と頼んで返ってきたのは「母なる中国……」という歌。
「中国語の歌詞はロマンチックなのよ」とラブソングを歌う少女。
しかし、昔を知る祖父母世代には胸が痛むばかり。
中国国歌を歌うのを拒んだ少女らは拷問を受けた。
そもそもチベット人が住む場所を追われ、遊牧地と家畜を失くしていく中で乳搾りの歌が歌い継がれるわけがない。

そして、1995年。
伝統音楽をもとめてチベットを旅していた監督自身も逮捕され、刑務所に入れられてしまいます。
獄中で作られたという歌は、シンプルで静かで、でも力強くて、思わず鳥肌が立ちました。
アムネスティなどの尽力で6年後に釈放されるものの、故郷を見ることは二度とないかもしれないのですね。
会場に来られた監督と握手させてもらいました。
握手した手は分厚かった。頑固そうな、愛想笑いなどしない、どっしりとした顔つきの方でした。


映画の中にこんな言葉があります。

民族とは、血液検査で決まるのではない。
自身の言葉、文字、文化によって区別されるのだ。
もし、チベット人が自分たちの言葉を失えば、それはもうチベット人ではない。


この映画のタイトル、うっかり「ソング イン チベット」と間違えがちですが、違うのね。
歌の中のチベット。歌が消えるときに、チベットも消えるのです。




すばらしい映画でした。日本語訳もとてもわかりやすくてよかったので、また次の上映を心待ちにしています。
(今回は中座することがあったので、見落としや記憶違いがあったらすみません)

英語版はこちら




スポンサーサイト
  1. 2013/05/12(日) 18:45:44|
  2. 映像・音楽|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

「消されゆくチベット」 | ホーム | ノンサイレント

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://gnamlinka.blog50.fc2.com/tb.php/186-13384c5a

| ホーム |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。