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慈悲を生きる ダライ・ラマ14世とチベット

「慈悲を生きる ダライ・ラマ14世とチベット」上映会に行ってきました(2008/6/21)。

映像を見ての感想と、上映後のゲスト・トーク&参加者からの質問の様子をまとめてあります。
(長文です。すみません)


「慈悲を生きる ダライ・ラマ14世とチベット」
(「COMPASSION IN EXILE」の日本語版)
ダライ・ラマ法王の映像を中心に、法王の家族、チベット人たちへのインタビューを収録。法王の生い立ち、近年のチベットの状況などを描く。1992年製作。


 親と別れて亡命する子供たち、中国軍の複数の兵士にレイプされた少女の証言、兵士(もしくは警官か?)数人に殴られ、足蹴にされるチベット人の姿には思わず泣きそうになってしまいました。これまでも本などを読んで知ってはいましたが、映像というのはまた別の力があると思います。

 また、ダライ・ラマ法王の飾らない言葉や笑顔、日々の真摯な瞑想(修行?)の姿には惹きつけられました。以前にどこかのインタビューで「政治に関わるのは正直言って嫌い」と言っておられたので、引退したら一人の僧として生きたいという言葉が印象的でした。

 考えてみたら、これだけ偉大な方ならもっと(僧としての)勤めに励みたいところでしょうに。「五輪には反対しません」などと何度も同じ事を言わなければならないとは、もったいない話ですね。

 また、ダラムサラで法王に声をかけてもらうために並ぶ人々、法王が座った場所にすら捧げ物をしようとする思いには動かされました。
 私は仏教のことはさっぱりわからないのですが、何と言うか。
 人がこんなに大切に思っているものを奪おうとするのはおかしい。「これは私にとって大事なんです」と言ったら殺されてしまうなんて。これはチベットだけの問題ではないだろう、とあらためて考えました。



上映後、ゲストのお話と参加者からの質問がありました。
走り書きメモをもとにしたので記憶があやしいところもあるかも。参加された方で「ここは違う」と思われましたら、ご指摘いただけたら有難いです。

*ゲスト・トーク by ツェワン・ギャルポ・アリヤ氏(ダライ・ラマ法王日本代表部事務所)

チベットの歴史の簡単な説明の後、チベットの現状と問題点について。

■現在の中国政府のもとで、チベット人には自由がない。満足しておらず、幸福ではない。
それにも関わらず、中国政府はそれを認めず「チベットは発展している」としている。

■チベット亡命政府は「非暴力」ということを重視している。
また、中国の憲法に保障されている少数民族の自治の権利を求めてはいるが、中国の一部となることを否定してはいない。
しかし、中国政府は「次回の対話の約束」をするのみである。また、「チベット問題というものは存在しない」という立場をとり続けている。
国外にいるチベット人や外国の支援者による声が求められている。

■チベットはインド、ネパール、パキスタン、タイなどの水源となっており、アジアの自然環境の源である。
中国はここを保有していることで、大きな責任を負っている。

■中国政府は「漢族とチベット族の対立」という構図をつくりだそうとしている。
しかし、中国こそ中国人のものになってはいない。情報統制によって、中国国民は真実を知らされずにいる。
そして、我々チベット人はそのことを理解している(中国人が嫌いなわけではない)。


それから、言論の自由を保障された日本人にできること。

■チベット問題は環境問題でもあるので、世界全体に関わる事柄として責任感を持つこと。

■人権と正義を見失わず、間違ったことには「間違っている」と口にすること。

■自国の政治家に対し、チベット問題について問いかけたり、署名をするなどして働きかけること。
実際、この数ヶ月で政治家のコメントにも変化がある。働きかけの効果は有る。

*参加者からのQ&A

Q-1
インドへ亡命したチベット人の中にも子供の僧侶がたくさんいるけれど、出家のきっかけとは?

A-1
チベットでは一家から僧侶が出ることは喜ばしいこと。仏教伝来以降、そのような伝統があった。そのような雰囲気が亡命チベット人社会にも受け継がれている。

Q-2
亡命チベット人に対して、インドからの支援(就職支援など)はあるのか?

A-2
就職への特別な支援はないが、差別もない。ただ、子供の教育については支援が行われている。

Q-3
人権や環境問題など、さまざまな立場での支援活動が行われているが、それに対して日本代表部事務所として「こうして欲しい」「これはしないで欲しい」ということはあるか?

A-3
事務所としては、こうして欲しい、ということはない。ただ、暴力的なことはよくないと考えている。

Q-4
代表部事務所として、これからチベット問題をどのようにアピールしていくのか?


A-4
チベット問題と五輪とは別物であり、五輪が終わったあとも続けて追求されていくべき。
「人権と平和の問題」として捉えていくべきだろう。

Q-5
今日(2008/6/21)、ラサでは聖火リレーが行われている。事務所へは、現在の状況が伝わってきているか?

A-5
無事に終わったようであるが、くわしくはわからない。
リレーに反対してはいないが、チベット人が苦しむことになるので、IOCなど関係機関へは中止を申し入れてきた。結局は行われたのだけれど。
聖火リレーを歓迎している様子かもしれないけれど、その裏には大きな苦しみがあるのは間違いない。

Q-6
なぜ中国はチベットを手に入れたいのか?

A-6
いくつかの理由がある。

-戦略的要地であるから。喩えるなら、掌から五本の指へつながっていくように、チベット高原からインド、ネパール、ブータンなどアジアの各地域へ入っていかれるため。

-チベットはアジアの川の水源地となっている。現在の世界は石油をめぐって戦争が行われているが、将来「水のための戦争」の時代がくることが考えられる。

-資源(石油など)が埋蔵されている。

Q-7
ダライ・ラマ法王は「独立を求めない」としている。しかし、仏教徒であるチベット人と経済重視の中国人は衝突するのではないか?

A-7
現在、中国はチベットから手に入れたいもの(6のような)がある。チベットの宗教はその障壁になっている。
そのため、チベット人はチベット人であることで不利益を蒙ることもある。しかし、チベットの文化が尊重されるのなら、中国の中で生きることもよしとしている。
個々の中国人はいい人たちだ。過去、チベットは中国やモンゴルに布教した歴史があり、彼らともよい関係を築くことができるだろう。

Q-8
チベットに核廃棄物が放置されているという話があるが、どうなっているのか?

A-8
1987年の「五項目の和平プラン」の中で、チベットに核廃棄物を捨てることに反対している。

四川大地震で震源地へ入ることができないのは、核施設を隠蔽するためではないか、と話す専門家もいる。

アバについては、事務所へもまったく情報が入ってきていない。この地域は3月以来、デモと逮捕・拷問が続いていた。それを隠すためもあるかもしれない。

Q-9
中国人の中にもチベット仏教を学ぶ人が増えているらしい。彼らとの交流は可能なのか?

A-9
中国には昔から仏教の伝統がある。共産党が宗教活動を抑えているが、仏教徒は増えてきている。
しかし、集会の自由がない(10人以上で集まってはいけない)。そのため、宴会のふりをして教えていることもあるのだという。
法王も教えに行きたいと望んでいるが、それができる状況ではない。

*主催者側からのおはなし

「上映された映像は昔のものだけれど、チベットでは今も同じ状況が続いている」

 亡命チベット人が抱いている、住んでいた土地に帰りたい、身についた生活に戻りたいと願う気持ち。また、今住んでいるインドやネパールから出て行け、と言われたら、我々は行くところがなくなってしまう、という言葉には胸の奥が詰まりました。話して下さった方も詰まってました(T_T)。


 もうひとつ。今回の参加の目的は、インドへ亡命してきた子供たちの絵を見ることでした。
 残念ながら、ゆっくり見ることはできなかったのですが(会場が本当に満員で! 上映は立ち見したほど)、最後に撤収してる横でこっそり見ました。

 多くはチベット本土での出来事を描いています。
 警官につかまって拷問を受ける僧侶。家宅捜索されて、たった一枚しかないダライ・ラマ法王の写真を奪われる家族。また、雪獅子旗を掲げて武器を持たない人へ銃が向けられた絵。

 そして、そういう残虐な場面を直裁に描いた絵の中で、一枚気になったもの。
 チベット人に対して、同じチベット人の警官が向かっている。しかし、「撃つことはできない」と銃を投げ出して、泣いている絵でした。

 彼(警官)はおそらく逮捕されたのでしょうね。
 本土のチベット人社会にもさまざまな人がいる。生活のために、あるいは中国支配下のチベットに生まれた若者にとっては単なる職業の選択にすぎなかったのかもしれないけれど、政府寄りの立場で働くチベット人がいる。そして、同胞に対して銃を向けなければならなくなる。

 チベット本土の難しい社会状況の中で生まれたこの場面を、この子供はどう受け止めたんだろうか?
 単に憎むことができるならまだ良いかもしれないけれど(否、仏教的には良くないのか)、どこにも向けようのない気持ちになったのだろうか?
 得体の知れない、何が悪いのかわからない事柄――それを理解し、受け止め、そして自分なりの解決を見つけるために、子供には時間が必要なのだ。

 その時間を、大人はつくってあげなければいけないのだろう、と思います。
 そして、チベット人の親御さんたちは(本土にいても亡命しても)その余裕を持てているだろうか、と気になりました。


上映中は字幕が見えにくくて少々辛かったのですが。でも、最後にはスタッフの方へのカタの進呈で終わり、本当にあたたかくて素敵な会でした。

 私は初めて本物のカプセ、そしてチャイを頂いて嬉しかったです。
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  1. 2008/06/22(日) 12:21:26|
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