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JVJAチベット報告会「写真と歴史が語る隠されたチベット」

JVJAチベット報告会「写真と歴史が語る隠されたチベット ~チベットに魅せられた4人の視点~」へ行ってきました(2008/7/21)。その概要です。

写真、動画を見ながら4人のゲストの方からお話を聞かせていただきました。
内容は最新の本土情報、過去半世紀を伝える映像、チベットの歴史、仏教やボン教と結びついた伝統的な生活について。
各方のお話と質疑応答の時の回答を一緒にかいてあります。

とりあげられた事柄も時代も幅広くて、それを一度にまとめて聞くことができたのは面白い体験でした。(写真を写している間は会場が暗くなってしまったため、ろくにメモがとれず。うろ覚えなところもあります)


*野田雅也 (フォトジャーナリスト)

・最新のチベット本土の情報
外国人を受け入れているというのもラサに限った話で、途中で通った町では土嚢が積まれて、その上には機関銃が置かれて封鎖されていた。

3/14の騒乱では、最初は確かにチベット人が車を襲うなど暴力もあったので、そのことは批判したい。
しかし、その日の夕方に軍の装甲車?が投入された。走行しながら道沿いの建物に向かって流し撃ちをしていった。

その後ネパールで、ラサから逃げてきた人の話を聞いた。
3/14の夜から15日の朝にかけてラサだけでも多くの人が殺され、「死体の山を越えるようにして逃げた」という。一晩でそれだけの数の人が死んだということ。

・四川大地震の影響について
成都から被災地の様子を見ながらチベットへ入ったが、チベット人の居住区には大きな被害はなかった。
チベット人の若者で、成都でボランティア活動をした人もいた。

・青蔵鉄道(2006開通)の影響
開発ラッシュで、ラサの漢人・チベット人の人口比は逆転している(漢人20万人、チベット人15万人)。
ラサ郊外にチベット人の移住地域が作られている。

また、2006年以降、遊牧民にも金の貸付とともに半ば強制的に定住がすすめられている。
2008.4月までに54万人(チベット自治区の5人に1人)が定住している。集合住宅地に移り住み、放牧をやめれば生活手段がなくなってしまう。

・情報統制
外国でおこなわれている抗議活動のことは、本土には伝わっていない。
中国国内では、武力制圧は外国から支持されていて正しいことである、と伝えられていて、チベット人でもそれを信じてしまいそうになるほど、情報統制は徹底している。

・チベット青年会議がはじめた帰還行進のようす(映像)
旗や法王の写真を掲げて歩く様子。インド警察に説得?されながら、座り込んで動こうとしない人々。
警官がひとりを抱えあげて連行しようとすると、そのからだに周りの参加者がしがみついて、ひきずられていく。
彼らは泣いたり訴え続けて、興奮してはいるが暴力的なことはしていない。



*野町和嘉(写真家)

毛沢東の長征を取材する中でチベットに興味を持った。

・西チベットの仏像の二枚の写真
人民解放軍によって破壊された仏像。その破壊前と後の写真を比べ見る。
宝物?が入れられていた胸元がえぐるように壊されていた。

・チベットの環境
成都方面?からチベット高原へ入ると、たった一日で高度が急激に上がる。
それとともに風景も草原へと変化する。中国とは別の世界のようである。

・「西蔵自治区画集」(写真資料集)から
前文には、毛沢東が西蔵の農奴を解放したと書かれている。
経典が燃やされているところを写した写真、「17か条協定」への調印の写真など。

・東チベットの草原の写真
チベットの地表は何千年もかけて形成された。これを破壊してしまうと取り戻すことはできない。
チベットの仏教が環境を守ってきた。



*石濱裕美子(早稲田大学教授)

チベット人が自国の歴史をどのようにとらえてきたか。

・チベットの歴史
観音様が王の姿となったのが、ソンツェンガンポ王。彼によってチベットは統一された。
二人の王妃(ネパールからきた妃と文成公主)は緑ターラ菩薩、白ターラ菩薩の化身といわれている。
この時代には仏教にのっとった政治が行われたとされて、以降の為政者はソンツェンガンポ王の時代の再生をめざした。

その後、ダルマ王の仏教弾圧とともに王国は分裂して、分立の時代。そして、ダライラマによってふたたび統一政権の時代がくる。

ダライラマ制の誕生の下地となったのがゲルク派の誕生と拡大。ツォンカパによって創められ、修行法や教育システムをまとめあげた。
ゲルク派は他の宗派を圧倒して拡大し、それとともにダライラマの力も大きくなる。

ダライラマ5世はポタラ宮を建て、みずからをソンツェンガンポ王の再来であり、観音菩薩であることを示した。

・観音菩薩からダライラマへとつらなる系譜
菩薩は仏となることができる段階にありながら、人間を救うためにこの世にとどまっている存在。
『すべての者を悟りに導くまで、自身の楽を求めない』という誓いをたてた。
これは、ダライラマ14世のノーベル平和賞受賞の時の祈りの言葉にもなっている。

チベットの歴史観とダライラマの系譜は密接に結びついてきた。

・ダライラマ15世の選出について
ダライラマ14世は、中国が統治しているチベットには生まれないと明言しているので、間違いなく外国に転生する。
伝統的な転生者の探し方は、側近に拠ったり、シャーマン?にお伺いをたてたり、様々な状況から総合的に判断する。パンチェンラマの意見だけで決まるわけではない。



*渡辺一枝(作家)

農業地帯の生活に焦点をあてての話。

・農作業の写真
脱穀作業や畑に立てられたかかし、収穫後のお供え?の写真。
チベットの生活は仏教ともボン教とも結びついていて、土地や山には聖なるものが宿っていると考えられている。

・農業の変化
2006年の鉄道開通以来、資本が流入して作物を買占め、小売するようになった。
かつてはチベット人は自給自足と市場での交換交易で生活していたが、今では現金による生活をしなければならない。

大麦作から中国人の好む小麦作への転換が進んでいる。
また、手軽な現金収入のために観光客向けのスイカを作るようになった。
かつては力によって小麦作を強制された。今は力によってではなく、生きるためにそうしなければならない状況になっている。

畑の広さに応じて決められた量の農薬を使用しなければならない。チベット人の自然観からすれば農薬は使いたくなくても、従わなければならない。その農薬は支給ではなく、買わされている。
かつてはヤクを使っていたが、今は機械を導入。土を深く掘り起こす中国式の鋤が使われている。

・移住
村ごと、あるいは村を分割するかたちで移住させられている。移住先で、先に住んでいた者との争いがおこることがある。
これはチベット人同士を反目させることを狙っているのではないか。

また、もともと人が住んでいた場所というのは「生活しやすい土地」である。このような土地をとりあげて、漢族が住んでいる。

・昔の農奴制について
野町さんが紹介された写真集には『かつてチベットはひどい農奴制度であったのを、中国が解放した』と書かれていた。
しかし、荘園で働いていたチベット人から聞いた話では違う。
日本人は農奴というと家畜のように働かされることを思い浮かべるが、そのようなことはなかった。
衣食住は保障され、女性は生理でつらいときは畑仕事をしなくてもよかった。

・中国の今後について
中国人のことが嫌いなのではない。日本人残留孤児を助けて育てるなど深い心を持っていることを知っている。

チベット本土の人も中国人には居て欲しくないとも思うが、一方で中国人経営の食堂の方が(チベット人の店と比べて)きれいで一生懸命働いている姿などをみると、見習わなければならないと思うチベット人もいる。

今回、チベット本土の人たちは必死で声を上げた。それを無にしないために、オリンピックが終わってもチベットから目を離さないで欲しい。



雑感

青蔵鉄道開通の影響について関心があったので、特に野田さんと渡辺さんのお話は興味深かったです。

昔のような力による弾圧ではなく社会システムによる弾圧に変わってきている、ということ。
以前に見たドキュメンタリー映像の中で、遊牧民が「現金を持っていようが、持っていまいが、それを使わなければ生活できない」と言った言葉が思い出されました。

遊牧民の定住政策について。
住宅費などを貸し付けて(くれるんじゃないのね)、定住によって生計をたてるすべを失ってしまうのなら、結局は「奪っている」ということ。

生死をかけさせられる、究極の格差社会。

また、花のゆれる草原の中に赤茶や黄色い壁の団地が何棟も建っている写真がありました(漢族の町かチベット人の移住用だったか思い出せないのですが)。
見たとたんに内心「ぐえ~、キッチュだ!」と思ってしまった。山の風景に似合うとは思えなかった。

野町さんのタンカ開帳をうつした写真作品が印象的でした。
山の斜面のようなところに巨大なタンカが広げられています。
タンカ開帳、というと見上げる構図の写真が多いと思うのですが、この作品は広げたタンカを持っている?僧侶の横で撮影されたもの。はるか下の方には集まった人々の姿が小さく写っています。
仏が衆生を見下ろすってこんな感じか、と想像しました。

石濱さんの話とともに見せてもらった絵画・像について。
ダライラマ(何世だったか失念)とモンゴルの王をかいた絵画。
彼らの力関係をあらわすように、ダライラマの方が大きく描かれています。
ダライラマ五世の像が法輪を持っているのは世俗の権利を持つという意味がある。
また、蓮の花を持っているのは観音様であることを示す、とのこと。

描かれているものの大きさが重要さを示したり意味を持っているなんて、ヨーロッパ中世の絵画みたいだなあ、と思いました。
いずれ仏教美術の様式についても調べてみたいです。

実をいうと、当初『会場がキャンパス+教授の話=眠くなったらどうしよう』という図式が脳裏を去らず、心底心配でした。
参加費を払っておいて寝るとは思いたくありませんが、わが身がさっぱり信用ならなかったので、昼ごはんを半分に減らして参加。
でも、杞憂でしたね。あれもこれも聞きたかった話ばかりで、充実した半日となりました。
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  1. 2008/07/26(土) 15:11:57|
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