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チベット チベット

東中野のポレポレ坐で開かれている「受難と祈りー、チベットを知るための夏」へ行ってきました。

ポレポレ坐の椅子を引きずると、ドゥンチェン(チベットホルン)の音がする……ような気がする。


題:Tibet Tibet(1999年製作)(2003年再編集)
監督・撮影/金昇龍
編集・構成/梶 愛
公式HP → http://tibettibet.jp/

在日韓国人3世の監督によるノンフィクション・ロードムービー。
日本人と何変わりなく育った「僕」にとって、祖父母の語る韓国の誇りとは馴染めないものだった。だが、民族性を守るために亡命するチベット人たちのことを知り、彼らが抱える問題と希望に関心を持つようになった。国とは、民族とは何か、そのために亡命までしなければならないものなのか? 
そんな疑問を抱いて、「僕」はインド、そしてチベット自治区へと旅をする。今日も続いているチベット問題を多くの人に知って欲しい、と製作された映像作品。



 祖国とは、民族とは何か? それにこだわるから争いが起きるのではないか。時代遅れだ――そんな疑問とともに始まった旅の映像。
 監督の笑顔や雰囲気がのびやかなせいか、撮影される方も旅行者との楽しい記念撮影という感じで、いい雰囲気の映像が多いです。どの土地でも地元の人たちの中に馴染んでいくやわらかい視線が心地良いです。「僕」と一緒に旅してみたいと思ってしまうような作品でした。

 今、上映されているのは2003年の再編集版。
 私は実は編集前のものも見たことがあります。今年ほどチベットが世界の注目を浴びていない時分で自主上映会も少なかったので、はるばる大阪の上映会まで出かけて行ったのでした(笑)。
 その時の感想メモには「酔いそうだ」などと残ってました。たぶん、インドの乗合いバスの場面のことでしょう(笑)。
 他に「映像の取捨選択はものすごく考えてなされている」というメモもあります。そして、今回の編集版を見ると、手が加えられたことでより見やすく、テーマがわかりやすくなったと感じました。

 印象的だったのはインド・ダラムサラで見られた亡命チベット人の表情とチベット本土の人々の姿でした。

「僕」が最初に会ったのはダラムサラの小学校に通う亡命チベット人の子供たち。
学校帰りに寄り道したり、コーラを飲みながら遊ぶ姿は微笑ましい。そして、「チベットへ帰れるとしたら、どう思う?」という問いに、彼らは即答する。

「帰りたいよ」
「ファンタスティックだ!」


 その迷いのなさには見ている方もとまどってしまいます。
 また、僧院で行われている教義問答の様子も映されています。手を打ち叩いてのパフォーマンスつきでおこなわれる討論は何度見ても迫力のある映像。
 討論相手の目を覗き込む。顔をそらそうとする(?)相手に向かって、なおも問いつづける僧侶の明るい瞳には目を奪われました。ちょっと忘れられない表情です。

 そこまでして彼らが守ろうとするのは何か。チベット本土には何があるのか。
「僕」が向かったラサ(チベットの聖都)の風景には複雑な気持ちになりました。

中国風の真新しい市街地、それと対照的な廃屋寸前のスラム街。観光客につきまとってお金(?)をせびる親子。こぎれいな美容院で髪をととえる、あきらかに水商売の女の子。その店に入り込んでは追い出される浮浪者。中国人観光客ばかりのポタラ宮はまるでテーマパーク「チベタン・ワールド」。

 「僕」が廃墟となった寺院を訪れる場面があります。
 剥がされるように消された神々の壁画、仏像の手だったと思われるグロテスクな物体もいたましい。そして何より、「僕」を案内してくれたストリートチルドレンが寺院が破壊された理由を知らないことに何ともいえない気持ちになりました。

 また、「僕」が上海で出会った気のいい中国人の若者たちがチベットのことをさっぱり知らない、ということは衝撃でした。
「自国内のことなのに何故?」という気持ちもありますが、それよりも数年か数十年後、ほんとうのことを知らされた時には彼らも苦しむのではないかな、と思ったのです。祖父や曽祖父の世代が犯した罪を彼らが負わなければならないのか、と思うと――それはそれでやっぱり哀れです。

 そんな風景を見たあとに訪れたネパール、そして再びのダラムサラでは亡命した人々の言葉が紹介されます。

 亡命した僧侶が逮捕された時の様子(*確か1988年のデモについての話だと思います)。

「寺にいると踏み込んできた兵士にいきなり殴られた」
「彼らは動けない僧侶の両手足を持って、トラックの荷台に向かって(物のように)放り投げた。詰め込まれた人々を見て、多くの者が死ぬだろうと思った」


 雪のヒマラヤを越えてくる亡命者は、年間何千人にもなる。文字通り命を賭けての逃避行だが、たどり着いたインドでも安寧があるわけではない。教育を受けていない、仕事につけないという状況下で鬱病になる人もいるという。
 中国で受けた拷問の後遺症に悩む難民の女性は「チベットのことを忘れないでほしい」と「僕」に訴える。難民センターの所長さんは、

「ここでの生活は大変だけれど、外国の人には知ってもらいたい」
「中国のなかでこんな問題が起こってることすら知らない人が多い」


 と憂いてました。助けてとは言わず、ただ忘れないでほしい、知ってほしいという言葉に胸がつまりました。

       *        *        *        *        *        *

 異なる民族が争わずに生きていくことはできるのか?
「僕」の疑問へのひとつの答えとして、映画の後半ではダライラマの言葉が紹介されています。

「人々は自分の国を、自分の言葉を、自分の文化を愛する」

 そして、苦労して亡命してきた人々に向かってかけられた言葉も印象的でした。

「チベットの主人はお前たちだ」

 自分の根ざす文化を認めてこそ他者と共生することができる――この視点は監督の別の作品「雲南 COLOR FREE」にも受け継がれています(こちらは「Tibet Tibet」よりソフトな問いかけになっていますが)。

「Tibet Tibet」は重いテーマやエピソードを扱っているわりには、全編に明るさが感じられます。
「雲南……」を見たとき、底抜けに明るい視線はこの監督の天性のものだ、と思いました。軽やかで、素直、太陽へ向かう植物を思い起こさせるような生き生きした映像――。
 こんな作品をこれからも見せて欲しいと期待しています。 
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  1. 2008/08/12(火) 21:36:55|
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