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「素顔のダライ・ラマ」

(春秋社) ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ / ビクター・チャン 共著 牧内玲子 訳


素顔のダライ・ラマ   The Wisdom of Forgiveness素顔のダライ・ラマ The Wisdom of Forgiveness
(2006/03)
ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォビクター チャン

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原題「The Wisdom of Forgiveness : intimate conversation and journeys」。中国系カナダ人である著者が、ダライ・ラマ14世との長年の交流の中で見たその人柄や日常、親しい人との会話、さらにチベット仏教の実践について語る。

第五章 最も利他的な人間
第六章 ゴムアヒルと数学
第八章 寝室のライフル
第十五章 サインされない何枚かの写真
第十六章 自分勝手な仏たち
第十九章 洗練された心、穏やかな心


 目次は、章数が多いのでいくつか印象的だったものだけ書いておきます。不思議な章題ですねえ。
 訳者あとがきにもあるように「法王のもっともプライベートな生活や素顔を紹介した本」。語り口も親しみやすく、「ダライ・ラマって誰?」という人にも薦めやすい一冊と思います。最終章ではダライ・ラマが著者に「インタビュー」するという面白い会話も書かれています。

 会話がふと途切れた瞬間や、話相手をからかうダライ・ラマの言葉もそのまま書かれており、その場の雰囲気が伝わってきます。そして、それを映す鏡であろうとしているような淡々とした文章からは、率直でユーモアがあり、慈愛と厳しさを併せ持つ一人の人の姿が浮かびあがってきます。

 一番印象的だったのは、1989年の天安門事件のニュースを見たダライ・ラマの言葉を思い出す、側近のロディ・ギャリ氏の証言でした。
 天安門事件がおきたのは、亡命政府が中国政府との対話までようやく漕ぎつけた頃のこと。ギャリ氏は法王に呼び出され、声明文を――中国政府に対する抗議と天安門広場の若者を支持するという文書を出すよように指示されます。そんなことをすれば、40年間の苦労の成果が台無しになる。「交渉が頓挫する」と抗議するギャリ氏に対して、

「確かにその通りだ。でも、今ここで意見を言わなかったら、これから私が自由や民主主義について話す道徳的権限がなくなってしまう。あの若者たちは今それを一番希望しているのだ。」

 こうして、亡命チベット人の希望より中国人学生の願いを優先して声明は出され、ギャリ氏の予想どおり対話は中断されて――現在に至っているということです(ギャリ氏は今年5月と7月の会談の際に特使のひとりとなっているので、20年以上交渉に携わってるということに)。
 こういうエピソードを読むと、ダライ・ラマ14世はやはり強靭な意志をそなえた信念の人なのだ、とあらためて思います。そして、序章でデスモンド・ツツ大主教が語った言葉には深くうなづきました。

「私たちはダライ・ラマを心から尊敬します。それは法王が本当に、本当に善い人だからです。……(略)……法王のような方が生きていらっしゃる時代に共に生きていることを嬉しく思います」

 私は仏教にまったく馴染みがありませんし、信じ難いことも多いです。でも、同じ時代に生きている人に「人間という生き物はここまで良く生きられる可能性を持っている」と示されるのは、幸運なことなのだろうと思います。 (2008/8/4読了)
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  1. 2008/08/17(日) 15:24:56|
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