チベット 本の苑

チベット関連の本の紹介

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

雑感:仏教をちょっとのぞいてみる 4

護国寺で行われたbTibetの入門講座、その後「ダライラマ号の誕生」の講義を聞いてきました。


bTibet 入門講座「チベット仏教の未来を考える」 

1.チベット人の未来への希望

 11月の特別総会での合意内容について。
 (法王事務所サイトに「特別総会における合意書」全文が掲載されています)

 チベット人にとって宗教は生活の基盤であり、金銭を与えられても無くせるものではないこと。
 また、封建的な性格の制度(僧院での教育方法など)もあるが、その中でしか守れないものもある。
制度を変えるかどうかはチベット人が決めることであり、外部から変えようとしてはいけないのではないか――等々。

2.ダライラマ法王の三つの使命

・人間の評価を高めることへの貢献(promotion of human value)
・宗教間の調和を生み出すこと
・チベット問題を解決すること

 最初の使命については、仏教の縁起(原因と結果)という考え方があること。
 例えば、

 現代社会の問題(=結果) は何から起きているのか?
  ↑
 無関心
  ↑
 人間の価値(優しさ、慈悲、思いやり)を理解していないため(=原因)

 そして、最初の二点は人間であるかぎり終わらない使命だが、三つ目のチベット問題については解決すれば無くなる使命である。
 チベット問題に関して、法王の立場にはさまざまな側面がある(一チベット人として、政治的指導者として、宗教的指導者として)。
 このような三つの使命の中では、ダライラマ制の継続や後継者がどうなるか、ということは小さな問題にすぎない。

――と、こんな内容。
 諸問題の重要さとかスケール感がつかめるようなお話でとても勉強になりました。

 そして、後継者や法王の進退について大騒ぎして取り上げた日本の報道の的外れぶりをきっぱり批判しておられました。
 名指しされていた某新聞社の記事は、私も最初に見たときに「?」と感じてました。
 こんな勉強中の私でさえ変だと思うような記事を書いてはいけないよ、とあらためて思った次第。

3.今後のチベット仏教の課題

 亡命状態の解消(亡命しなくてもいい状態にすること)、新しい体制の確立、教育と経済発展について。

 亡命社会の経済的な問題は大変厳しい話でした。
 例えば、子供には里親制度などがかなり整っているが、大人が社会的に自立できる状況になっていない(学校を卒業しても仕事がない)、また僧院の運営について。
 支援にしても、個人の意思や思いでなされることはそれなり充実するのに、仕組みが生まれてこない、というのはどこに問題があるのでしょう。

 インドに仕事を発注する企業ができうる支援もある、というお話には、サラリーマンとして(笑)いろいろ考えさせられました。
 私のような平社員ではどうにもならないですが、社長クラスのチベットサポーターの方に考えて頂きたい、ですね。その結果、実務に関わるのは平社員ですけど。

「先月、ダラムサラに発注した○○が届きません! ていうか、まだ発送されてません
「馬鹿者! 取りに行け!!」
「すみません!(内心、ラッキー)」


 そんな日が来るんだろうか。すみません、茶化して。

 でも、チベット問題が解決して(!)皆さんが本土へ帰ったひには、輸送費が嵩むのかなあ、とか。原価率はどうなるんだろう、とか。
 昨日、石濱先生が余談で仰ってた「チベットでは人格者を輩出して外貨を獲得」というのは理にかなっていたんだな、と思ったり。


 はげしく脱線してしまいました。

 bTibetは今回が最終回。
 参加したのは二回だけでしたが、お世話になりました。お話ももちろんですが、お寺へ出かけること自体が貴重な体験でした。今後もこのような企画があったら参加させていただきたいです。
 特に、ワークショップはスケジュールの関係で諦めざるを得なかったので、ぜひまたお願いします――とここで言っても仕方ないので、お礼のハガキでも送ってみようか。



「チベット仏教世界の歴史的展開」 第三回「ダライラマ号の誕生」

・7世紀 ソンツェンガムポ王の時代。チベットに仏教が伝えられた。
 13世紀 パクパとフビライ・ハーン(前回講義)。チベット/モンゴル関係の最盛期。
 16世紀 ソナムギャムツォ(ダライラマ三世)とアルタン・ハーン。モンゴルでの仏教の復興。

・ツォンカパの登場によるチベット仏教の変化。


 今回、支配者を何者かに『なぞらえる』という話がたくさん出て面白かった(私としては歴史ものの話のツボなのです)。

 ソンツェンガムポ王は観音菩薩に、その2人のお妃は緑・白ターラー菩薩に。
 フビライ・ハーンは金輪王に。
 そして、今回の講義では、ソナムギャムツォとアルタン・ハーンが、パクパとフビライに。アルタン・ハーンが鉄輪王に。
 また、アルタンや妃、家臣に対して、ソンツェンガムポ王とその眷属にちなむ称号が贈られたとのこと。

 譬える、とか、なぞらえるという行為には、他の国の話であれば為政者の意図やその時代の欲求がにじむことが多い気がするのです。
 でも、チベットでは、ずばり、化身という考え方があるのですよね。そのまんま観音菩薩って、どういうイメージを抱くのでしょう……もっと時間をかけていろいろ勉強してみたいです。

 講義の途中で集中力が途切れてしまい(講義二本はきつかった)、僧院長の相続制とソナムギャムツォ&アルタンの話がどうつながるか、わからなくなってしまったのですが。
 もともとソナムギャムツォが転生制で選ばれていたから、ダライラマ号を奉られた時には彼を三世にして、前の2人に追贈した、という理解でいいのか?? 

 もうひとつ、面白かったのはダライラマを描いた絵画の形式について。
 JVJAチベット報告会(「写真と歴史が語る隠されたチベット」)の時から気になっていたのです。
一枚の絵の中に、当のダライラマにちなむ土地や建築物、また守護本尊や護法尊(ボディガード、だそうです)が描かれる。
 施主のアルタンが下の方に小さめに(しかも、隅っこに)描かれていたのが、少々切なかったですが。


 そして、今回の講義でも、唐も明もまるで蚊帳の外だったのでした。

 次回は、ダライラマ政権と清朝の話だそうです。
スポンサーサイト
  1. 2008/12/21(日) 22:12:28|
  2. 雑感|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

年末&チベットへのキックオフ | ホーム | 雑感:Merry Christmas

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://gnamlinka.blog50.fc2.com/tb.php/54-bd045599

| ホーム |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。