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雑感:仏教をちょっとのぞいてみる ひとまず最終回

石濱先生の講義、今回が最終回。
面白くて居眠りなんて一度もしませんでした。
学生時代は脱走&落書きばかりだったのに、人って変わるものです、ほんとうに。

〆らしくいいお話満載で端折るのも惜しく、長文になってしまいました。
先生と東急さんにはすみませんが、また講座に申し込みますのでそれで良しとしてくださいまし(^^;)。


「チベット仏教世界の歴史的展開」 第六回「欧米人を魅了するチベット仏教」

・かつてモンゴルや満州帝国がチベット仏教の発展を支えた。
 現在の欧米からの支援も施主の歴史の中にとらえることができる。
・チベット仏教が欧米人を惹きつけたのは何故か?
 - チベット仏教の論理的なところが近代的思考に合った。
 - 19世紀以来の「美しいチベット」というイメージは、亡命チベット人 (特にダライ・ラマ14世)によって保たれ続けた。
 - ダライ・ラマの掲げる非暴力はガンディー、キング牧師と共に大衆運動の流れの中で理解された。
・ダライ・ラマの三つの立場「一人の人間として」「仏教者として」「チベット人の広報官として」
 三つの異なる立場によって、仏の教えをよりたくさんの人に効果的に伝えていく。


 ダライ・ラマの三つの立場はbTibet08での野村先生のお話の「三つの使命」と重なってますね。

「一人の人間として」
 誰にもわかりやすい言葉で、他者の価値を認めて思いやりを持つことが大切、と語られている。
 (自分の家族、自分の国など)自己の延長だけではなく、普遍的全体への責任感を持たなければならない。

「仏教者として」
 仏教徒へ語る場合は、同じことも仏典にもとづいて語られる。
 修行によってエゴをなくし、心の平安を得た「空を認識した意識」を目指すべき。
 一切の存在は他のものに依存して生じているので、実体がない(=空)。空なものに執着したり、怒りを抱いても意味がない。
 ことに怒りや恨みという感情は、善業を一瞬で砕いてしまう。自分を害するものには、その煩悩に対して怒るべきで、相手には慈悲の心で対応をするべき。

 また、宗教間の調和について。
 世界の主な宗教は他者への思いやりを育むことを目的にしている。他宗教を排斥したり、テロに走ることは宗教本来の教えからはずれるもの。

 宗教と精神性は区別されるべき。
 宗教はその約束する救済を信じることだから、非現実的な概念も信じなければならない。
 精神性とは、いい心の在りようのこと(思いやりとか責任感など)。これは宗教によらなくても高められる。

「チベット人の広報官として」
 観音菩薩の「チベットの命あるものを救う」という誓いは今も生きている。
 また、非暴力の姿勢はガンディー、キング牧師とともに大衆運動の流れの中で理解されている。

 「非暴力の姿勢がチベット問題を長引かせているのでは」という意見もある。
 しかし、やり方が間違いではなく相手にしている国の性質の違いが問題(イギリスは民主国家。中国は一党独裁体制)

 真実の側にたった運動は忘れられず、のちの世でも評価される。
 今のチベットには独立も自治もないが世界から賛同を得られている。
 一方、中国政府の対応は他国から共感を得られていないし、未来の中国人からも批判されるかもしれない。

 結局、長い目で見れば、非暴力は人の意識、歴史を変える力を持っている



 以下は、講義とは関係ないおしゃべりですので、ご興味ない方はとばして下さい。

 講義はもちろん歴史のお話でしたが、勝手にマイ副題をつけて楽しませて頂きました。
 キリがよいのでレポートも一度終りますが、今後も機会があればまた「仏教をのぞいてみる」つもりです。
 今のところの成果はといえば。

「お寺苦手意識が薄くなった」
「仏さまの名前をいくつか覚えた」


 一回目からたいした進歩ありませんねえ。

「すべてのものは、それだけで在るのではなくて互いに関係している」「実体はない」
↑ ものすごい端折りましたが。

 あるような気がしてるけど無い、ってこと?
 あるといえば「何か」はあるけど、実体は何もないってこと?
 これは何だか面白い。もう少し観察してみたいです。
 
 今回の講義の中で「宗教と精神性は区別すべき」というのは、ツボにはまった言葉でした。
 やっぱり、私は仏教には違和感があるんです(もうちょっと頑張りますけどね)。

 これまで抱いていた宗教観とか世界観をコップ、仏教を石にたとえると。
 最初は『大きな石のかたまりをコップに押し込もうとしている』感じがして仕方ありませんでした。
器にうまくおさまらなくて、はみ出したり余ったり。見るからに無茶なことをしてる、という感じ。

 でも、講演を聴いたり本を読むと小さな納得が積み重なって、『小石をコップに詰めている』程度になってきました。もちろんコップの形も随時変わるのですが。

 器と中身――そのふたつは最終的に同じ形にならなくても構わないのかも、と思ったら、どこかほっとしました。
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  1. 2009/03/22(日) 22:04:06|
  2. 雑感|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

チベット難民―世代を超えた闘い | ホーム | 地図とあらすじで読む ブッダの教え

コメント

いとし~さん

セミナー、お疲れさまでした。
いとし~さんのレポートは授業のわくわく感が伝わってきて、いつも読ませて頂くのが楽しみでした。
こちらこそありがとうございます。また、見せて~(笑)

>できることなら、学生に戻りた~い!

激しく同感! です。
何を覚えるにも4倍は時間がかかるようになる、とあの頃知っていたら、もっとまじめに勉強したかも??
いや、どうかな……。

日記でここをご紹介下さったとのこと、ありがとうございます。
どこかの誰かのお役に立てば、と思って始めたブログなので嬉しいです。

また近々どこかの会場でお会いしましょうね。
では、では。コメントありがとうございました!
  1. 2009/03/24(火) 22:04:16 |
  2. URL |
  3. りんか #195Lvy4Y |
  4. 編集

りんかさん、とうとう渋谷のセミナーも終了してしまいましたね~。
お疲れ様でした!!
お陰様で、毎回りんかさんのブログで(学生時代に友達の完璧なノートを見せてもらった如く…笑)しっかり復習させていただいて、助かりました。ありがとうございました。
できることなら、早稲田の石濱先生の授業も受けてみた~い!
できることなら、学生に戻りた~い!
と、できるはずもないことを考えてしまいました。

あ~、本当に充実の講座でしたね。これを何かに生かさねば…。
また是非、近いうちにお会いしましょうね!

(私の日記でこちらのサイトを紹介させていただきました~。)
  1. 2009/03/24(火) 00:35:40 |
  2. URL |
  3. いとし~ #Pe0og0Jg |
  4. 編集

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